日記 3/20

舞台を見てワインを飲んでいつもとちがうテンションになっています。

恋がしてえ~~

なんなら失恋がしたい

※筆者は舞台の予習として18世紀のフランス恋愛小説を読んだ直後です。

踊ってる時のダンサーか頭が良くて大人としての振舞がうまいオジにしかときめかねえ

 

最近、精神が健全なので書きたいことがこれくらいしかありません、

おわり。

週報(2/23~3/1)

友人が週報という名のブログを書いており、いいなと思った。私はその人と違って、一つの目標に向かって動いているというよりは、いくつかのテーマを持って複線的に生活しているので、週報っぽくはならないかもしれない。

ここ数日、夜になると息苦しくて眠れない。(眠れないのはスマホを見過ぎたせいかもしれない。いずれにせよ息苦しくて辛い。)上体を起こしているほうがマシなので、深夜だけどパソコンを開いてこれを書いている。

息が苦しい。ここ数日の寒暖差のせいで喘息っぽくなっていると思う。明後日の夜に病院を予約した。地元のかかりつけ医で「喘息予備軍」と言われたのは気付けばもう6,7年も前のことで、その後の留学中くらいから、風邪の悪化時だけでなく冷え込んだときにもまれに咳や息苦しさが出るようになったので、もう「予備軍」ではなく「喘息」なのかもしれない。大人の喘息の診断基準ってなんですか?

2月は友人たちと漢方のお店に行った。たまにある、塩気のあるものを口に入れていないと吐き気がする時期だったので、それに対応するSUNNYのシロップを買った。喘息はMISTだし、季節の変わり目に体調崩しがちなのはHUGなので、それらのシロップも買い足したい。体をいたわる自分なりの手段が複数あるのは良いことだ。

jian-tea.jp

土曜日に台湾系?のマッサージに行って言われたこと。体が細い。筋肉がないから疲れやすい。脂肪もないから冷えやすくてむくみやすい。
面白かったのは施術してくれた人とは別の人から言われたこと。二人が話しているふうもなかったので、施術した人から伝えられたわけでもなく、私を見て言ったのだろう。体格を見て体質を言い当てる。漢方っぽいなと思った。

東アジアの国々に行きたいと思った。バレエへの興味もあってヨーロッパに目が向きがちだったが、今は近隣の文化圏にも興味がある。自由が効くうちに旅行したい。

 

土曜日には、ある翻訳家の方のパフォーマンスも見に行った。twitterでだけ存じ上げていて、その感性と知性にいつも心打たれていたが、登場した瞬間の存在感の強度(そこに「いる」ということがパフォーマンスとして成り立つという「強度」)、語りのうまさ、目線の使い方のうまさ。ちょっと自分もパフォーマンスをしたい気持ちになった。彼(彼というpronounが不適切だったらごめんなさい、存じ上げないので一応「彼」とする)という人間の深さ、豊かさが発露していた。自分の浅さが浮き彫りになるようだった。私もこのように心を開いて知性と感性を磨いて生きてゆきたいと思った。(わたくしのなかで恋愛感情に一番近いもの、特定の相手(一人~数名)に他の人に対しては感じない感情を抱く現象、は、やはりその人の知性にぐっと興味が惹き付けられるもの、のように思う。)

やりたいことが渋滞している。実行可能な以上にやりたいことを頭の中に抱えてしまうのは悪手である。ので、2月wrap upと3月目標/スケジュールの整理をしたい。

 

 

メダリスト

2話まで読んだ。

それだけで十分この作品の良さが伝わってくる。

スケートなんかやらなければできたことが沢山あった。

11歳なんてこれからなんだってできる年齢なのに、スケートの世界で勝ち抜こうと思ったらもう遅いくらい。

これから先いろんなことを犠牲にしてスケートを優先しなくちゃならない。

何よりこの漫画のいいろことは、

冷静な大人たちから見たスケートの世界の残酷さを描写した上で、

それでもやりたいと言う子どもたちに

環境が許す限りやらせなければならないのだと

それが将来の本人にとって、辛い結果や後悔につながるとしても

本人がやりたいと言うのなら、やらせてみてようやく、本人の選択、本人の経験になるのだということ。

大人が正しい正解を用意して、スケートなんて割に合わないわよって

最初から挑戦する選択肢を取り上げてしまったら

それは本人の人生にはならないのだということ。

それから、

本気で一番を目指すなら、

周りの人の心を変えないといけない。

11歳やそこらで、親が反対するのが分かっていても、それでもなお「やりたい」と伝えられる子かどうか。

どうしてもこれがやりたい、上達したい、頑張るから応援してほしいって、それが周りに苦労を強いるかもしれないと分かっていても声に出して伝えられるって、

そんなことができる人は大人だって少ない*1

自分の意志を口に出せる強さ。

そのことと対になるように、

お前の目標を信じると言ってくれる人の存在の大きさ。

無理しないで、じゃなくて、一番を目指すならこうしなきゃならない、と言ってくれる人。

やさしさでもなく、根性論でもなく、

ただただ「一番になる」という目標を揺らがない前提として

そのために何が必要かという態度でいてくれる人。

本当にできるの?やっぱり無理なんじゃないの?ではなく、

今のお前が目標に辿り着こうとするなら何が必要かだけを考えてくれる人。

それが本当に、あなたを信じている人だということ。

 

要は、シビアな競争の世界で求められるのは、才能だけじゃない。

才能があればいいわけじゃない。

それ以上に心の素直さと強さが求められて、

しかも11歳やそこらでそれが求められる。

そこが競争の世界の本当の厳しさなのだということ。

*1:大人であれば、伝えられる勇気に加えて、その結果生じるいろんな不都合や不幸は自分の責任であることを背負える覚悟も必要である。自分が悪者になることすら受け入れられない奴に目標を語る資格はない。

映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』感想はしり書き

原作を読んでいない人間の感想です。言わずもがな映画についても素人。原作漫画を読めばいろいろと納得することがあるのかも!

 

 

魅力的なところもある映画だったが、TVシリーズと比べると見劣りするかな。Z-13倉庫に至るまでのほとんど全ての展開が説明的すぎる。

あと、若き露伴と七瀬の回想シーンが古臭すぎる〜!ああいう女性キャラクターに一定の魅力があるのは認めるけれど、2023年においては、使い古された女性像だと言わざるを得ない。
露伴のおばあちゃんの役者さんがいいなあと思って見てたら白石加代子だった。そりゃ良いわよ……

サインを求めてきた若者の服装にケチつけて「ここは先人の作品が眠る場所だぞ云々」と説教垂れる岸辺露伴は嫌だった。芸術はどんな服装・趣味・思想信条の人びとに対しても開かれている。

サモトラケのニケのシーンは驚きだった。ほかの映像作品にルーヴルがどう登場するのか知らないけれど、ああいう使い方も美術館側としてはオーケーなんだ……。あの場で起きていることは、唐突に人が死ぬ、というだけのこと(しかもそこに魅力たっぷりの謎があるかと言えばそうでもなく、視聴者はジャックの死の理由を予告映像などからすでになんとなく知っている)。そこにある種のビジュアル的付加を加えるものとしてのニケ(あれがニケの場面である必要性ってあまりないよね?単なる映えというか)。

ルーブルを訪れた時の露伴の服とメイクが良かったな。黒いタイと、心なしかいつもより黒く見えるアイメイク。

Z-13倉庫に向かう時の不安定なカメラワークが上手い。

Z-13倉庫での集団発狂の場面。画面手前で辰巳が首を締められてもがき、奥でエマがピエールの幻影に向かって膝立ちのまま歩いている瞬間が、ダンス的だった。
目元に白いページをくっつけて地下から這い上がってくる露伴は、オペラ座の怪人を彷彿とさせる。

泉君が後悔も罪もなにもない存在なのめっちゃ好き〜!岸辺露伴の担当編集をやっているだけあって、最強。ずっと露伴先生とデコボココンビしてて欲しい。

あの絵(=祖先が犯した罪まで含む過去、が襲い掛かってくる絵)の前で露伴が見たのが仁左衛門だった時、彼が露伴の先祖なのだなと了解したのだけど、実は血が繋がっているのは七瀬のほうだった。てことは、回想シーンで仁左衛門高橋一生がやる道理はなくない!?道理がないのに高橋一生を使うのは安っぽいと思ってしまう。露伴・一生と、爽やかな仁左衛門・一生は、調和もしてなければエッジの効いた対比になってもいないと感じた。
そもそも終盤の江戸時代?とそれまでのパリの並置も奇妙っちゃ奇妙だ。藩の御用絵師の息子に過ぎない(しかもあとを継がなかった)仁左衛門の絵がフランスに渡った理由は、作中で何も説明されなかった以上、「物語の舞台をルーブルに移したかったから」ということになる……?

高橋一生はうめいたり怯えたりする演技が好きかもしれない。奉行所で低くうめき叫ぶところも良いが、Z-13倉庫で怪異を前にして怯える声がとくに好きだ。普段は達観しているキャラクターなのに、恐怖するところはちゃんと恐怖するのが好きだ。

 

 

悪くもなかったけど忙しいなかお金と時間を使っていくほどでもなかったかな。消化不良なので、あらためて最高の高橋一生を摂取するために『兎、波を走る』を観に行きたいよ~~~!

大学院の一年目

一年目。あっという間に終わろうとしている。あまりにも見える景色が変わった。もしも大学院に来ていなかったら、なんて、想像しようとしたってできないくらいに。

あまりにも、と、書いたけれど、見える景色の何が変わったのかと言えば、それはほんの一点だけ、舞台の世界がアクセス可能なものとして立ち現れたということ。

この場合の「アクセス可能性」は、普通に使われる意味とはすこし違うかもしれない。大学院に来なくたって、観客として足しげく劇場に通うことも、舞台にかかわる仕事に就くことも、不可能ではなかった。

それでも私と舞台とのあいだにはいつでも踏み込み切れない距離があって、それは一度は踊る側として舞台に出会った私の、嫉妬とためらいのようなものだった。

郊外の小さな(そのわりに発表会の機会は多かった)バレエ教室で踊ることと、研究者が一般向けに書いた専門書とも読み物ともつかないような本を独学で読むことしか知らなかった私は、なにがどうしてわざわざ踊り手以外の立場で舞台にかかわる必要があるかしら、と感じていた。踊り手になれなかったから仕方なく裏方へ、なんてことをするくらいなら、全く別の世界で頑張ってみたらいいんじゃないかと思っていたし、裏方になってみたらやっぱり踊る方が楽しかった、なんてことになるのも怖かった。なにより10代の頃の劣等感が強く自分の中に残っていて、舞台を見に行くと、なにか自分がのけ者にされているような心地のすることも多かった。

そういったしがらみから自由になれたのは、踊ることをやめてから十分に時間が過ぎたからでもあり、留学先でそれまでとは違った形で舞台を見たり語ったりする機会を得られたからでもある。それから、こんなテーマでいいのかしら、やる意義があるのかしら、やれるのかしらと、散々に逡巡しながら、あの温かな母校のオフィスアワーでほかにやりたいことがあるわけでもないと気づきを得て、いつかやりたいと思い続けるくらいだったらまずは修士の二年間だけでも今やるべきじゃないかと思う自分の心もあって、それからそれから、あちこちにメールを出したり調べたりしてようやく今のアドヴァイザーに辿り着いたのだった。アドヴァイザーの人柄については、初めてZOOMで話したとき、初めて対面で会った日、それから直近のエピソードまで、いくらでも眺めていられるような思い出があるけれど、それはここには書かない。

大学院へ来て、身銭を削って舞台を見に行くようになった。研究者の講義からしか受けられないような刺激を受けた(研究成果は、たしかに出版物の中にも記されているのだけれど、公開されていない映像を見ながらの講義は遥かに豊かな情報を含んでいた)。海外の研究書や論文を、批判的読み方の面でも、毎週受講者と先生が集まって読むための時間が設定されているという意味からも、先生たちの存在に助けられながら読んだ。自分一人で読んでいたときとはまるで違っていた。

そうやって一年が過ぎてみると、もはや、そして今まで生きてきた中ではじめて、自分の存在と「舞台に携わっていたい」という気持ちとの間に、ズレがなくなっていた。自分の存在とやりたいこととがぴったり重なり合ってこの世の中に在るというのは、ある種の育ち方をした人にとっては至極当然のことなのかもしれないが、多くの人にとっては実は難しいことだと思う。やりたいことと職業とを一致させるというプラクティカルな問題よりも手前に、やりたい・好きだ、という気持ちが、自分自身と喧嘩せずに溶け合っている状態、あるいは正しく手をつなげている状態、にたどり着くという難題がある。

私自身、プラクティカルな問題についてはまだ全然解決していない。研究か、より現場に近い仕事か。それはこれからの一年間で向き合わなければならない課題だ。

一年目を振り返って言えることは、ただただ、見える世界が変わったということ。そしてそれは、私の場合、この大学院に来て、この出会いがなければ果されることのなかった変化だろうということだ。

1月1日

一年の簡単な振り返りと、それよりずっと長くなりそうな見に行った舞台のまとめとが、書きかけのままになっている。(書き終わらなかったのは、クリスマスのちょっと前から体調を崩していて、12月31日にようやく書き始めたから。)書きかけの振り返りを完成させるよりも、今やるべきことをやって手を動かしていたい気持ちのほうが強くて、あっというまに過ぎていった2022年締めのブログは果たしてそのうち書き上げられるのかどうか。

 

先月の研究進捗報告で明確になった今後の方針を、年末のうちにどんどん試してみたかったのにそうもいかなかったので、元旦も正月もなく1月1日から(とは言えのんびりとではあるけれど)取り掛かっている。

情報豊かな、時に美しい一次史料。それらに向き合う喜びに比べたら、有用な研究成果があがるかどうかなんて、そんなに大切なことだろうか。

フランスの劇場の十九世紀の公演録。155年前の元旦にはマイアベーアのオペラをやっていたらしい。同時期のある人物の手書きのノート。小文字のlをこういうふうに、Dをこういうふうに書く筆跡。

 

それからずっと後回しにしている語学。今年は「鬼神の形相で」伸ばしたい。鬼神の形相で、というのは、年末にたまたま聞いたtwitterスペース配信から出会った言葉。

語学にまつわるひとりごとが毎日ぼそぼそ溢れるようだといいな。今日のひとりごと:chanceの第一の意味は、英語では「チャンス、機会」だけどフランス語では「運、つき」。

 

名刺をいただくことが何度かあったので、名刺入れを買った。今年はこの子がいい感じに活躍するといい。

4月と5月

4月。授業初週の木曜日、コース図書室の机をはさんであちらとこちら、机上に展開される広漠とした構想に圧倒される。5日が2週間に、2週間が1ヶ月に感じられる刺激の多さ。たったひと月を生き延びるあいだに「まだ4月」「まだ4月なのか!」と何度も感じていた。疲れすぎて身体がフルーツ以外をあまり受け付けなくなったりもしていた。

 

どの授業も最初のうちは肩ならしの講義や自己紹介的な研究テーマ発表だったのが、5月に入って本格的にリーディングが始まり、発表担当の負担もふえた。加えてバイト事情が忙しかったことや、新生活に慣れてきたこともあり、4月のようにヒリヒリした気持ちでは過ごせず、忙しさに押し流されてあっという間に1ヶ月が過ぎた。進捗から言えばあまり褒められた日々ではなかったけど、たまたま同じ舞台を見た人がいたり、一緒に見に行く約束をしたり、気持ちは楽しく過ごしていた。

 

キャンパスに通う生活なら移動時間や空きコマで勉強できるし、ずっと家にいる生活でもタイマーをかけてたくさん勉強できる。ただその2パターンが混在している生活を乗りこなすのがとても難しい。ダラダラと長時間やればいいってものでもないし効率よく取り組むことはとても大事、でも勉強にかける絶対時間を確保するのも大事!、というのが去年の夏のテーマだったのに、この頃ほんとうに後者が忘れ去られてる。来月はそのへんのところを目標にしていこう。

 

 

なんだかうまく言葉のリズムが生まれないのだけれど、でも書き留めておかなければ、と、4月と5月。